福岡高等裁判所 昭和59年(う)759号 判決 1985年4月11日
被告人 日野新七郎
大一三・一一・一生 農業
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中一〇〇日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人吉村敏幸が差し出した控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は検察官小浦英俊が差し出した答弁書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し次のとおり判断する。
控訴趣意中、事実誤認の論旨について
所論は要するに、原判決は、本件火炎びんが発火しなかつたのは懐炉灰が酸素欠乏等により自然消火したことによるものであると認定したうえ、原判示第三、第四の各一、二のとおり、火炎びん製造、同使用未遂、非現住建造物等放火未遂の各罪について被告人を有罪に処したが、本件の火炎びんの着火装置に用いられた懐炉灰は被告人が五年前に購入したものであるから、薬効変化によつて着火能力を失つていた可能性があり、被告人の懐炉灰に対する着火そのものが弱かつたとも考えられるのであつて、かかる場合には不能犯として右の各罪について無罪を言い渡すべきである。又、原判決は原判示第五のとおり、被告人が黒色火薬と導火線を所持していた点について法定の除外事由がないと認定したが、右火薬類は被告人が亡父久一から相続したものであるから火薬類取締法二一条六号の除外事由があるというべきである。従つて、原判決は右の二点について事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れない、というのである。
そこで、記録を精査し、当審における事実取り調べの結果を併せて検討するに、原判示の各事実は、所論の点をも含め、原判決挙示の証拠によつて優に認定することができる。即ち
関係証拠によると、被告人は、原判示第三及び第四の各一、二のとおり、ガソリンと黒色火薬を使用して火炎びん二個を製造し、各火炎びんに時限装置として取り付けた桐灰二重懐炉の懐炉灰にライターで点火したのち、火炎びんに荷造用包装紙を巻きつけてガムテープで固定し、これを手提げ式のポリ袋に入れ、手提げ部分を縛つたうえ、株式会社ユニード別府店のベビー布団売場と株式会社トキハインダストリー「玖珠センター」二階寝具売場にそれぞれ設置したが、いずれも発火するに至らなかつたことが明らかである。ところで、(証拠略)によれば、本件火炎びんの製造に用いられた黒色火薬と導火線はいずれも着火、燃焼能力を有し、火炎びんが二個とも発火しなかつたのは、もつぱら懐炉灰が燃焼を継続しなかつたためであり、原判示第三の火炎びんの懐炉灰は包装紙に包まれた全長七ないし七・五センチメートルのうち最大部分で約三センチメートルが燃焼し、原判示第四の火炎びんの懐炉灰は包装紙に包まれた全長八ないし九センチメートルのうち最大部分で約二センチメートルが燃焼していたこと、大分県警察本部刑事部鑑識課科学捜査研究室において、本件の火炎びんと同種の材料を用いてこれと類以する火炎びんを作製したうえ、懐炉の置き方、懐炉灰の湿り気、着火の時間、通気性などの条件を変えて懐炉灰の燃焼実験を行つたところ、右条件の如何に関わりなく懐炉灰は燃焼を継続するが、ライターの炎で懐炉灰に点火した場合、炎の炎上する時間が三秒間では懐炉灰が殆んど燃焼せず、五秒間を超えるときには懐炉灰の燃焼が継続すること、又、懐炉灰に着火したのち火炎びんに包装紙を巻き付け、これをポリ袋に入れた場合、ポリ袋の開口部が狭いとき(開口部の円の直径が概ね四センチメートル未満の場合)には、懐炉灰が殆んど燃焼せず、開口部を広くすると懐炉灰の燃焼が継続するとの実験結果が得られたことが各認められ、(証拠略)によれば、被告人は本件火炎びんの懐炉灰にライターで点火した際、いずれの場合も、約五秒間ライターの炎を炎上させ、懐炉灰包装紙の末端に十分着火したことを確認したうえで懐炉の蓋を閉めたことが認められる。
以上の各事実、とりわけ、被告人が本件火炎びん二個の懐炉灰にライターを用いて点火した際、いずれの場合も懐炉灰の燃焼継続に必要な時間をかけ、現に懐炉灰が着火してその一部が燃焼していることに照らすと、いずれの懐炉灰も着火、燃焼能力を失つていなかつたことは明らかであつて、被告人の懐炉灰に対する着火も十分であつたと考えられる。本件火炎びんの懐炉灰の燃焼が継続しなかつた主たる原因は、火炎びんに包装紙を巻き付け、これをポリ袋に入れてその上部を縛つたために酸素が欠乏したことにあると認めるのが相当である。
してみると、本件火炎びんは二個とも発火能力を備えていて、懐炉灰に着火した時点において、一定時間後に発火する危険が生じたものということができ、偶々火炎びんをポリ袋で包んだことによつて懐炉灰が酸素欠乏状態になり、自然消火するに至つたとしても、右は火炎びん使用及び非現住建造物等放火の未遂事由にとどまるものであつて、不能犯を論ずる余地はないというべきである。
次に所論は、原判示第五の黒色火薬と導火線は被告人が亡父から相続したものであるからその所持については火薬類取締法二一条六号所定の除外事由があるというので検討するに、関係証拠によると、被告人は、昭和四九年夏ころ、その数か月前に死亡した父親の隠居部屋を整理していた際、父親が昭和二〇年代に炭焼きをしていたころ大木を爆破して割るために使用していた黒色火薬と導火線を見つけ、以後これを自宅に保管して所持していたもので、原判示第五の黒色火薬と導火線はその一部であることが認められる。火薬類取締法二一条六号は相続によつて火薬類の所有権を取得した者がこれを所持することを所持禁止の除外事由と規定しているが、同法二一条と二二条の法意に鑑みると、同法二一条六号の趣旨は、火薬類の正当な所有権者(火薬類の製造、販売、譲り受け、譲り渡し、輸入又は消費などについて同法所定の各種許可を受けてこれを所有する者)から相続又は遺贈によつてその所有権を取得した者は、その許可の目的、内容に従つて当該火薬類を所持する限りにおいては新たに許可を受けるまでもなく所持を許され、右の者が右火薬類を消費することを要しなくなつたときはこれを譲渡又は廃棄するまでの間所持することを許されるというものであつて、相続又は遺贈によつて火薬類の所有権を取得した者がこれを消費することを要しないにもかかわらず、譲渡又は廃棄するのに必要な期間を徒過したばかりでなく、不法な目的をもつてこれを所持するに至つた場合には、もはや同法二一条六号の除外事由があるということはできず、同法二一条の違反として処罰する趣旨であると解すべきである。これを本件についてみるに、関係証拠によると、被告人は昭和四九年夏以降前記の黒色火薬と導火線を消費する必要も格別の目的もないままに保管していたが、昭和五八年一二月、これらを用いて恐喝の道具である火炎びんを製造しようと決意するに至り、以後右の不法な目的をもつて右火薬類を所持し、一部を用いて火炎びんを製造したうえ、その残りである原判示第五の黒色火薬と導火線を昭和五九年四月二〇日まで自宅に保管して所持していたことが認められる。してみると、被告人は相続によつて原判示第五の火薬類の所有権を取得してこれを所持していたものの、消費することを要しないにもかかわらず譲渡又は廃棄することなく九年間を徒過し、不法な目的をもつてこれを所持していたものであるから、右の火薬類の所持について火薬類取締法二一条六号の除外事由があると認めることはできず、被告人の右所為は同法二一条に違反すると解するのが相当である。
以上の次第で、原判決には所論の如き事実誤認の違法はなく、論旨は理由がない。
控訴趣意中、量刑不当の論旨について
所論に鑑み、記録を精査し、当審における事実取り調べの結果をも参酌して検討するに、原判決が「量刑の理由」において判示している本件各犯行の罪質、態様、動機及び結果に鑑みると、本件における被告人の刑責は極めて重いといわなければならず、本件の恐喝、火炎びんの使用、非現住建造物等放火がいずれも未遂に終わつていること、被告人に前科前歴がなく、本件について反省していること、その他被告人の年齢、経歴、境遇など所論の被告人に有利な事情を十分に考慮しても、被告人を懲役二年六月の実刑に処した原判決の量刑は相当であつて、これが重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中一〇〇日を原判決の刑に算入することとして主文のとおり判決する。
(裁判官 徳松巖 川崎貞夫 仲家暢彦)